先輩たちの声2:種鶏

湯又 聡(1999年入社 入社11年目)

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出身校:私立尚志館高等学校卒
所属 :チキン生産本部 生産部 種鶏課 種鶏第1班 飼育管理担当

飼育管理とは鶏の「親」になること、それぐらい気持ちを入れないとうまく育っていかないんです。

現在の仕事の内容を御願い致します

  入社3年目からチキン事業の根幹、スタート地点である種鶏農場を任されています。
種鶏農場とは、「種鶏を雛から育てて親鳥になる直前にオスとメスを一緒に住まわせ、文字通り種の付いた卵を産ませる農場」です。鶏が卵を産まなくなる65週齢までに一個でも多くの健康な受精卵を生ませることが仕事です。

1人でどれくらいの鶏を管理しているのですか?

 一つの鶏舎の中に約6000羽の鶏を飼育していますが、それを4鶏舎見ますので、約24000羽といったところでしょうか。 産卵ピークになると一日で2万個近い種卵を孵卵場に送ります。

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ではこれまでの経歴について教えて下さい

 入社してすぐ配属されたのが種鶏部門のサービスチームでした。
この部署は種鶏農場の水洗やメンテ、ワクチン接種など、農場のサポートを中心に行う「縁の下の力持ち」的なところで、社会人としての心構えや仕事のイロハをここで覚えました。
  4ヶ月後、幼雛(ようすう)担当に異動しました。これは雛を農場に入れてから2ヶ月間、農場長や飼育管理者と相談をしながら、雛が丈夫に育つ環境を整える仕事です。
 雛を入れてから最初の1週間がとても忙しく、当時は仕事の内容に対する疑問も持てないほどでした。農場をいくつも周り経験を重ねていく中で、この2ヶ月特に最初の1週間で鶏の免疫、骨格の基礎が形成されること、またこの1週間でその後の1年3ヶ月が決まると言っても過言ではないことを知りました。
 1年半で8つの農場を周りましたが、この間各農場の飼育管理者や農場長の良いところを盗んで、自分が農場を任されたときにより良い管理が出来るように努力しました。今思えばこれが知識、経験そして鳥飼いとしての感覚を養う場だったんですね。

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  入社3年目から飼育管理者としていよいよひとつの農場を任されることになりました。幼雛担当の頃はひとつの農場を管理するのは2ヶ月だけでよかったのですが、飼育管理者となれば1年3ヶ月間鶏を管理しなければなりませんし、機械メンテや鶏舎の修理、餌の発注、人員のローテーション、サービスチームへの指示など、その周囲の環境を整えることも仕事になります。今は飼育管理者となって5年目ですが、一つの農場を完全に任されている緊張感とやりがいを感じて日々の業務にあたっています。

この仕事のここが面白い!

 飼育管理者とは、言わば鶏の「親」だと思うんです。毎日毎日見ていると鶏の顔色が違うんですよ。
だから当然日々の管理も違ってくる。昨日正しかったことが今日も正しいとは限らないわけです。それが難しさでもあり、面白さでもある。
自分が考えたとおりに鶏を見てうまく育っていった時は、親としての達成感を感じるときでもあります。やっぱり自分の鶏はかわいいですよ。煩悩を感じます(笑)。
でもそれぐらい気持ちを入れて育てないとうまく飼育管理できないんです。なんといっても会社の「根幹」ですから。

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最後に一言お願いします

 私は小中高と野球一筋で、将来自分がどんな仕事をしたいのか、考えたこともありませんでした。
ジャパンファームに入ったのも、地元で大きな会社があるという以外の理由はありませんでした。しかし配属された部署で作業をしている内に目標が生まれ、作業が仕事に変わり、その仕事に情熱を傾けて現在の業務に取り組んでいます。
 これから社会人になる皆さんはやる気に満ちあふれていることでしょう。その情熱をいつまでも忘れずに何事にも臆せず、突き進むような方と一緒に働いてみたいですね!

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